東京地方裁判所 昭和46年(手ワ)1227号 判決 1972年9月28日
原告 寺崎芳江
右訴訟代理人弁護士 室田景幸
被告 八城商工株式会社
右代表者代表取締役 矢沢博
右訴訟代理人弁護士 杉永義光
主文
一 原被告間の当裁判所昭和四六年(手ワ)第五七二号約束手形金請求事件の手形判決を全部認可する。
二 被告は、原告に対し金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年六月四日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
三 昭和四六年(ワ)第七〇二五二号事件につき異議申立後の訴訟費用、昭和四六年(手ワ)第一二二七号事件につき訴訟費用全額はいずれも被告の負担とする。
四 この判決中第二項につき仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金八一〇、七五〇円および内金三一〇、七五〇円に対する昭和四六年三月一九日以降、内金五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四六年六月四日以降右各完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因、抗弁に対する答弁および主張として次のとおり述べた。
一 請求の原因
1 被告は、左記約束手形二通(以下本件各手形という。)を訴外八城精工株式会社に宛て振出し、右訴外会社はこれを訴外山之内工業株式会社に、同訴外会社は原告に、いずれも支払拒絶証書作成義務免除のうえ被裏書人欄白地で裏書譲渡し、原告は現に本件各手形を所持している。
(一) 金 額 金三一〇、七五〇円
満 期 昭和四六年二月二八日
支払地 東京都品川区
支払場所 株式会社第一相互銀行荏原支店
振出地 東京都品川区
振出日 昭和四六年二月二一日
振出人 被告
受取人 八城精工株式会社
(二) 金 額 金五〇〇、〇〇〇円
満 期 昭和四六年五月二五日
支払地 東京都品川区
支払場所 株式会社第一相互銀行荏原支店
振出地 東京都品川区
振出日 昭和四六年五月一日
振出人 被告
受取人 八城精工株式会社
2 原告は本件各手形を満期に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。
3 よって原告は、被告に対し本件各手形金合計金八一〇、七五〇円および内金三一〇、七五〇円に対する昭和四六年(ワ)第七〇二五二号事件の訴状送達の日の翌日たる昭和四六年三月一九日以降、内金五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四六年(手ワ)第一二二七号事件の訴状送達の日の翌日たる昭和四六年六月四日以降各完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。
二 抗弁に対する答弁および主張
1 被告主張の抗弁事実を否認する。
そもそも、商法二六五条の会社と取締役との取引規制に関する規定は、両者の利害衝突を生ずべき債権契約についてのものであり、手形行為は原因関係において発生した債務についての支払決済などの技術的方法にすぎないから、手形行為そのものについては利害の対立はないというべきであり、従って取締役会の承認は必要ではない。
しかも、訴外山之内工業株式会社(以下単に訴外会社という。)は、本件各手形の裏書につき同会社の取締役会の承認を得たものである。≪省略≫
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。
一 答弁
原告主張の請求原因事実は認める。
二 抗弁
1 原告は、本件各手形の第二裏書人たる訴外会社の取締役である。したがって訴外会社が原告に対し本件各手形を裏書譲渡するについては商法二六五条に基づき訴外会社の取締役会の承認を要するにかかわらず、右取締役会の承認がなされていないから、訴外会社の原告に対する本件各手形の裏書譲渡は無効と解すべきであり、被告は原告に対し本件各手形金を支払うべき義務はない。
≪以下事実省略≫
理由
一 請求原因事実は当事者間に争いのないところである。
二 商法二六五条による取締役会の承認欠缺に関する抗弁について検討するに、原告は前記のごとく本件各手形の裏書人たる訴外会社より白地式で右手形の裏書譲渡を受けたものであるが、原告が訴外会社の取締役であることは、原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。
しかして、商法二六五条の立法趣旨は、会社の利益保護のため取締役の自己取引を規制するにあるものというべきであるから、本件各手形の振出人たる被告のごとき第三者は、訴外会社の原告に対する本件各手形の裏書譲渡が商法二六五条に基づく取締役会の承認を得ていないことを理由としてその効力を云為することは許されないものと解するを相当とする。
仮に百歩を譲りかかる場合にも商法二六五条による取締役会の承認欠缺を主張しうるとしても、≪証拠省略≫を総合すれば、訴外会社は山内美貴男が代表取締役として同会社経営の衝に当り、矢沢みちゑは山内美貴男の内縁の妻であって、訴外会社の取締役として経理事務などを担当していたこと、原告は、その経営する株式会社フタバ紙業と訴外会社と取引関係があったところから訴外会社設立の発起人となり、ひいて同訴外会社の取締役の任にあったが、山内美貴男の懇請により右株式会社フタバ紙業の取引先である大同信用金庫と訴外会社との取引開設に尽力したが訴外会社の信用が低く単独では同金庫からの融資を受けられなかったこと、そこで訴外会社の取締役矢沢みちゑが代表取締役山内美貴男と協議のうえ同人の指示を受けて原告に対し本件各手形につき保証のための裏書を依頼してきたので、原告はこれを承諾して本件各手形に裏書をなし、訴外会社は大同信用金庫より本件各手形を割引いてもらったことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで、前記のごとき隠れたる保証裏書についてはこれにより実質的に会社に不利益を生ずる取引ではないから商法二六五条の適用はないと解する余地がないでもないが、裏書をした取締役は当該手形を買戻しまたは遡求義務を履行してこれを受戻したときは、会社に対して求償権を行使しうる結果となるので、かかる保証裏書の目的で会社から手形の裏書譲渡を受ける場合についても商法二六五条による取締役会の承認を要するものと解するを相当とする。しかして前記認定事実に徴すれば、原告を含め訴外会社の取締役会を構成する全員の承諾のもとに訴外会社より原告に対する本件各手形の裏書譲渡がなされたものとみられるから、訴外会社のごとき小企業体においてはこれをもって実質上商法二六五条に基づく取締役会の承認がなされたものと解すべきである。被告のこの点に関する抗弁は理由がない。
三 前記争いのない請求原因事実によれば、被告は、原告に対し本件各手形金合計金八一〇、七五〇円および内金三一〇、七五〇円に対する昭和四六年(ワ)第七〇二五二号事件の訴状送達日の翌日たる昭和四六年三月一九日以降、内金五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四六年(手ワ)第一二二七号事件の訴状送達の日の翌日たる昭和四六年六月四日以降各完済に至るまで(訴状送達の日の翌日が前記のとおりであることは記録上明らかである。)商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。原告の本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容すべきである。
よって、民訴法四五七条一項本文、四五八条一項、八九条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井口源一郎)
<以下省略>